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2008年10月

コスメ薬事法管理者

今年2008年6月から「コスメ薬事法管理者」という民間資格がスタートしました。
それまでは健康食品に関わる「薬事法管理者」の資格だけだったのですが、新たに化粧品についての資格が出来たのです。
内容は、化粧品に関わる「薬事法」、「適正広告基準」に基づいて、化粧品広告にどんな配慮・工夫をするか?というものです。

化粧品は薬事法において『人体に対する作用が緩和なもの』と定義付けられています。
仮に、とても優れた夢のようなheart01製品であっても「シミやくすみが消えた!」とPRすることは出来ません。たとえ1000人の人が使って、1000人全員のシワが消えたとしても、それを謳い文句にすることも、データを記載することも出来ません。

様々な媒体に、たくさんの化粧品広告が載っています。
近年はインターネットでの化粧品販売も大きく成長して、PCや携帯で購入した経験を持つ人も多いと思います。
大手ショッピングサイトの楽天市場をみるとスキンケア製品だけで30万件弱、ボディケア製品で10万件の掲載があります。楽天に限らず、どのネットショップでも自主規制などを設けて誇大広告の抑止に努めていますが、違反広告は後を絶ちません。
ちょっとランダムに見てみても、必ず過剰な違法表現が含まれています。

僕も思えば、20年以上、仕事として化粧品に関わってきましたので、良い機会だと思って、受講を始めました。今まで業務上の知識として知っていたことも、系統立てて勉強し直すと理解が深まり、整理できますね。

お陰さまで、資格試験も無事、合格致しました。Dvc00002 (今日、認定証が届きました。)
以前、気象予報士の制度が始まった時に、天気予報番組でおなじみの方が試験に落ちた!という報道がありましたよね。僕も同じ轍を踏みたくない!!と思って、資格試験の時には、ちょっとしたプレッシャーを覚えました。

どんな資格も同じだと思いますが、取得して、ようやくスタート地点みたいなものですよね。
運転免許を取ったからと言って「運転が上手」と認められた訳でもないし、調理師免許を持ってても「美味しい料理が作れる」のとイコールではありません。

「コスメ薬事法管理者」の資格も、その知識を有するだけでなく、実際に消費者の方に過不足なく正しい情報を伝えられること、が大切なんだと思います。
これからもっともっと、表現力・語彙力を身につけながら、活用できる<知恵>を豊かにしていきたいと思うのです。

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高望み

『望みが高いんじゃないの?』

『いつまでも高望みしてたら相手なんて見つからないよ』と、友人や親しい取引先の方達からよく言われます。そのたびに、『そんなぁ~。高望みなんてしてないですよ』と答えてきた訳です。事実、僕自身、本当にそう思ってました。つい最近までは。。。

よく『一人暮らしをすると相手が欲しくなるよ』なんて言うでしょ。
だからって訳じゃないけど、8年前から一人で暮らしているんだけど、これはこれで結構楽しくてね。一人でいるのが好きなんだよね。快適ぃ~sunという程ではないまでも、苦にならないって言うのかな。

世の働く女性達が今の生活を捨ててまで結婚を望まない、なんて言われ方をするよね。そんな記事や話を耳にするたびに『ふぅ~ん』なんて他人事のように聞き流してた。
でも、全然他人事じゃなかった。その女性達が世間で言われてる通りなのか?は解らないけれど、僕自身はそれと似たようなものだ。一人で気ままな毎日よりも大事に思えるような存在の女性が現れたら、と考えてた。

つ ・ ま ・ り、自分なりに高望みをしてるのかなぁ~と思い至った訳です。
そんな自分に気づいたものの、今後、それを改める気があるか?と言うと、未だ無いんだけどね。

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小説と映画と・・・

小説を読むときとか、映画を観るときも、そう。
やっぱりドラマチックな展開を楽しむよね。

ドッタンバッタン。
上へ下への急展開。
歯を食いしばっての現状突破。

『二人は出会って、性格もピッタリで、みんなに祝福されて、一緒になりました。』

とか、

『銀行で人質を取っての立てこもり事件が発生したが、警官が説得を試みたところ、諦めて人質を開放しました。』

とか、

『生活に困り果てていたが、宝くじに大当たりして、すべて解決。めでたし、めでたし。』

・・・なんて小説も映画も探したって、無いよね。
だって、誰もそんな山も谷もない、平坦なストーリーを求めたりしないから。

ところが、我が事となると、ついつい、『すんなり上手く行かね~かなぁ』なんて思っちゃう自分がいる。甘いのぉー。

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一貫性と棚上げ

会社という組織が『一貫している』というのは、とても大切だと思う。お客様にとってはもちろん、社員にとっても、会社の経営陣だけでなく上司・先輩達の話すことが一貫していないと、信じて行動することが出来なくなる。

自社だけでなく仕事でお邪魔する会社でも、そんな一貫性のなさを目にすることがある。例えば、挨拶ひとつでも「朝は明るく挨拶をしよう」とか「お客様を見たら元気に挨拶しよう」とか言いながら、経営者自身やリーダー達がそれを怠っている、という事が目立つ。
それが大事なら、誰よりも真っ先に経営者やリーダーがやって見せるからこそ、その重要性が周りに伝わるものだ。言葉と行動が一貫しているから伝わるのだ。
号令をかけるだけで、リーダー自身が率先して言動に移さないことには、只の<お題目>になってしまう。そうなると、「明るく・元気に挨拶する」効用や価値は貶められてしまう。全社を挙げて取り組むほどの重要さではなく、一部の部下や末端社員がすればいいだけの作業になってしまう。

92年の暮れ、僕は一年ぶりに営業所に所長として戻った。
前任の営業所長がきて、営業所の主任以上に目標未達成額を会社に立て替える件が話されたことがある。確か、僕も同席して話をした筈だ。部下や後輩にそれを強いる以上、僕は前回同様、もう退けないことを覚悟した。
なんとしても会社を立て直して、末端ユーザーの方、販売店の方に迷惑をかけず、社員も気持ちよく働ける組織にしなければならない。今日の出来事を「あの時は必死に頑張ったよなぁ~」と笑い飛ばせる日を迎えなければならない。

この前任の営業所長はそれから程なくして、会社を辞めた。給与の遅配が続いている会社だから退職者が出るのは珍しい出来事じゃない。彼の生活の破綻状態も知っていたので、それも仕方ないと思った。

ただ、これには後日談がある。

それから数年後に彼と一緒に呑みに行ったことがある。当然、当時のことにも話が及んだ。
会社を辞めてから暫くして、営業所の或る主任と話したことがあったそうだ。その時に彼はその元部下に対して「社員に金を肩代わりさせるような会社、おかしいよ」と話したというのだ。
これには驚いた。元部下にそれを強いたのは、他でもなく辞職した彼自身だったではないか。

確かに、社員が会社に金を入れるなんておかしい。
でも、彼がそれを口にするなら、「あの時の俺が間違っていた。申し訳ない。」と土下座でもするなら理解できる。でも、それを他人事みたいに、しれっと元部下に話し、数年の時間を経たとは言え、当たり前のように僕にも話せる神経に面食らった。

彼はただ、会社から言われるままに部下を説得しただけかも知れない。嘘っぱちだったんだろう、彼にとっては。

そんなお気楽に、人を導いたり、決断を迫って良いのか?
人に強いておきながら自分は放り出して、立場が変わったら、あっさりと前言を覆す。

「あの時は自分が大臣をしていたので、それには触れられませんでした」みたいな、立場に責任の矛先を向けて、自分を棚上げしていた政治家もいた。
プライドのない人間の発言やその責任感はこうも軽いかと思う。

僕にも決して、偉そうに彼を裁く権利はない。同じ穴のムジナだ。
僕の罪も軽くはないし、彼らを結果的に傷つけたことは紛れもない事実だ。

「一寸の虫にも五分の魂」 せめてのその罪を背負って行かなければいけない。それが僕の義務だし、責任だと思う。

仕事だからとか、役割だからと、それを「逃げ」にしては人には責任も何もなくなってしまうと思う。人間関係は薄っぺらで表面的なものになってしまう。上司と部下の関係だけでなく、取引関係でも、友人関係でも、誰もそんな軽々しいものを求めていない筈だ。
自分という人間が、公私の別なく、何処を切っても同じ「金太郎飴」のようで在りたいと思う。

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貧すれば鈍する

九州で半年、そして東京に戻ってから半年。僕は1年ぶりに所長として営業所に戻ることになった。会社の状況が悪い時でも、悪いことをする奴はいるものだ。僕が営業所を空けている間、取引先からの集金をネコババしていた奴がいた。

営業所にいた時は、売上額、集金額、売り掛け金額など全て僕が管理していた。一年前、九州に行くことが決まって、部下の一人にそれを任せて出稼ぎに出たのだ。その彼が自分で集金したお金を使い込んでいた。

聞くところによれば、世間の営業会社でもこの手の使い込みや横領は結構あるらしい。ニュースで報道されるほどのスケールや金額じゃないだけで珍しくないそうだ。

僕は当然、腹を立てた。まして、僕が九州に行っている間にも一度、同じ事をして、発覚していたという。同僚や後輩も同じように苦労している時に、自分だけズルして楽しようとした彼が許せないと思った。
そんな一度ネコババした奴に、そのまま金の管理を任せてチェックもろくに出来ていなかった会社にも腹が立った。少しでもお金が必要な筈の会社が何をやってるんだと僕のムカつきは激しくなるばかりだった。

一度目は諭して、上層部だけで誰にも知らせないままにしたらしい。今回は二度目とあって、先ずは営業部係長以上を集めて報告をし、本人からも謝罪をさせた。
その席で僕は耳を疑った。専務と営業部次長が「今後も彼には頑張って働いて欲しい」と言ったからだ。「もう二度とやらないで、以前と同様に頑張れよ」という者までいた。
僕の腹は煮えくり返った。

営業力もあって、本来は頑張り屋の彼だから、不正さえしなければ、会社に利益をもたらすと考えたのだろう。

『貧すれば鈍する』だ。情けない。

「俺は一緒に働きたくないです。」 と、僕は言った。
「彼を信頼することはできませんから。」

みんなが数千円、数万円の売上に血眼になっているのに。
主任以上のみんなが、給料遅配でギリギリの生活を余儀なくされているのに。

仮に後輩達がこの事実を知ったとしたら、僕は彼らに何も言えない。みんながツライ思いをしている時に、「自分だけ良ければ」と不正を働いた奴のことを、許してやってくれ!なんて言えない。言いたくない。言っちゃいけない。

そんな事を僕は言った。

「俺も嫌です」
彼が入社した時、営業所で共に新人賞を争った同期の者からも声が上がった。

僕の彼への発言を「冷た過ぎる」と言った者もいた。そうかも知れない。
確かに僕は、何か許せないことがあると、関係をバッサリ切り捨てるところがある。

情状を酌量すれば、彼も金が無くて辛かったのは僕でもわかる。彼が<一人きり>だったら僕も三度目のチャンスを考えたかも知れない。
でも、彼は<リーダー>だった。後輩達の必死になっている顔に、彼を慕っている部下達の顔に、陰で唾するようなことを、彼はしてしまったのだ。一度ならず二度までも。

前にも書いたように、僕にとっては、部下や後輩が「この会社に入って」「この営業所に配属になって」幸せだと思える場所と機会を創るのが命題だ。
だから、それを僕は許す気にはならなかった。しばらく離れていたとは言え、直属の部下である彼を許すこともしたくなかった。

そして、彼は退職することになった。

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再びの東京。更なる悪化。

半年間の九州生活から東京に戻ったのは入社6年目の92年5月。
前年、前々年と50数名の新卒採用していた会社も、業績の悪化もあり大規模な採用をしなかった。とはいえ、それでも10数名の新人を入社させたんだが。

僕はそのまま営業所には戻らず、九州出稼ぎチームで編成された部署で新たな新規開拓を行うことになった。毎日飛び込みで開拓をするのも久しぶりだった。

僕が入社した頃の新規開拓は、卸し先である美容室が目に止まれば、まさに手当たり次第に飛び込んで、話をまとめて、その場で納品する方法だった。新規開拓に出たからには、必ず成果を上げなければいけないので、その場で納品する・しないを決められる「決裁者がいる」ことが重要だった。
現在でもそうだが、美容室の多くは個人営業店だ。卸していた製品もフォロー体制も(少なくとも)悪くはなかったので、その場で納品決定を貰いやすい個人店・小規模店との取引がふえてしまう。その結果、言葉は悪いが、特に意欲的でもなく細々と一人で営業しているようなサロンも取引先には多かった。

サロン経営の一環として「販売」を考え、意欲的な取引先を開拓しよう!というのが、今回の開拓の目的だった。
対象サロンが営業している8時、9時までは新規開拓に動き、それ以降の営業時間終了後は新しい取引店で経営者やスタッフに製品講習をした。相変わらず、まるでどっかのコンビニの名前みたいだけど、朝から夜中まで営業している会社だった。

それでも会社の業績は好転できず、バブル期の大規模新卒採用やら土地購入の支払いや人件費、維持費のメドもつかず、自転車操業と給与の遅延を続けていた。

やり続けていることが報われないというのはツライ。
やり続けてるのに益々、環境が悪化するのはもっとツライ。

そして、またしても以前同様、目標に満たない分は社員が自分のお金で負担するって話になった。

今回ばかりは僕も立て替える気持ちにならなかった。給料遅延の身では、カードローンやサラ金で借りることになるのだからリスクは高い。オマケにその場しのぎでしかない方法だし、それで解決できると思えなかった。
直のリーダーである次長から、僕とペアの女性社員に話があった時も、今回はやらないと断り続けた。僕自身だけでなく、ペアの彼女も守らなきゃいけないと思った。「守る」なんて言葉にすると気恥ずかしいけど、彼女にそれをやらせる訳にはいかないと思った。前回とは違って、今回ばかりは返ってくる当てがない金だ。

次長である彼は「会社が資金繰りに困ってるからじゃない。責任の果たし方として言ってるんだ。目標達成すればその金は返すんだ。それを負えないという事は、『目標達成できない』ってことか?お前はそんな仕事をしているのか?」を、只々繰り返した。

会社の状況も考えてることも分かっている僕に、彼は事実を押し隠して説得しようとしていた。僕が投げかける言葉に答えることも出来ず、同じ言葉を繰り返すだけの彼にウンザリした。

そんな不毛の時間が続いて、互いに押し黙っていた時、不意にペアの彼女が「私、やっても良いです」と言った。

「 !!!! ・ ・ ・ 」

僕は、正直なところ、思い切りそこで脱力してしまった。
背中のつっかえ棒が外れてしまった。

「じゃあ、俺もやります・・・」

後で彼女の真意を聞いた。今までお金を会社にプールしたことも無かったし、他の社員もやっている中でそう決断したらしい。彼女なりに自分自身を測りたい気持ちもあったのかも知れない。
ペアの彼女とは九州から一緒に組んでやっていた。後輩としても同僚としても大切に思っていたので、今回のことは何とか回避したかった。でもそれすら止めることが出来なかった。無力感にも襲われたが、「こんちくしょー」パワーを振り絞るしかなかった。

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「頭痛」から学んだ・・・こと?!

何故かわからないんだけど、この数年は調子がいい。
でも、それまでの10年くらいの間、とてつもない頭痛もちだった。

一年中、毎日起こってるわけでなく、一度頭痛が起きるとそこから連日続くという状態。夜中、激しい頭痛で目が覚める。会社で事務処理をしていると頭痛に襲われる。営業で車を運転していると突然やってきて、運転を続けられなくなる。訪問先で商談中に痛み出す。

僕の頭痛は後頭部の右半分から首の付け根にかけての痛みだった。痛み始めると頭の右半分からダーッと汗が流れ出す。冬の寒い日でも、頭だけ汗がダラダラと流れる。視力がボヤけて、右目が涙目になる。頭痛薬を飲んでも効かず、1~2時間静かに横になって嵐が過ぎ去るのを待つ。横になれない状況の時はじっとしてると却って辛くて、ひたすら動き回る。歩き回って痛みと自分をごまかしてやり過ごすことしか出来なかった。

まさに爆弾を抱えて生きてる気分だった。
いつ、痛みに襲われるか判らないので、誰かと約束をすることも、仕事のアポイントをとるのも不安だった。

『こんなんじゃ生きていけない・・・仕事もできない・・・』とゆーくらい、本気で明日に不安を感じてた。

しかし。

しかし、である。
1~2週間続いた頭痛が消えて落ち着くと、そんな不安もどこかに行ってしまう。
あのどうにも耐えられない痛みの記憶すら薄れてしまう。
「のど元過ぎれば熱さ忘れる」ってやつだ。

で、ある時、思ったわけ。
今の僕は、頭痛に襲われてる瞬間の僕の痛みを本当に解ってやることは出来ないなと。タイムマシンがあって、その場に行けたとしても、痛みに耐えている僕と同じだけの痛みを感じてやることも出来ないだろうと。
下手すれば、「わかるよ、俺も経験あるからさ」なんて役にも立たない言葉しか掛けられないかも知れないなって。

時差のある(?)自分自身でさえ本当の共感や理解するのって難しいんだな。
それが他人だったら言わずもがな、、、だよね。

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九州からの撤退

九州での営業活動は期待していた程、稼ぐことが出来なかった。
美容ディーラーの多くは取引先に言われるままに製品を卸し、意欲的とは言い難い会社が多い・・・と言うのは事前の知識として知っていた。知ってはいたが、「百聞は一見に如かず」の通りだった。

僕らは事前に美容ディーラーの社長に、製品を卸すだけでなく、営業マンと同行して、販売店の開拓を行うことを約束する。

同行の朝、営業マンと「行ってきまーす!」と出かけた一軒目が喫茶店cafeなのは当たり前。「もう仕事しましょうよ」と誘っても、暖簾に腕押し。ようやく取引店に行って、こちらが製品の紹介をしていても自分は待合の椅子で漫画を読んでる始末。

翌朝、二日目の同行をするために会社に出向いたら、社長から『売らないで下さい』といわれた。
注文をもらって、納品するだけ。。。その繰り返しをしている彼らは熱意をもって製品を紹介した経験がない。サラっと話してみて「そうねぇ・・・」なんて相手が考えたら、その時点で引き下がってしまう。何か不安要素があって踏み切れないだけなのに、その問題解決をしようという気持ちすらない。ただの<YES MAN>。

僕らは納品先を『絶対、開拓する!!』積りで臨んでいる。熱意と覚悟をもって本気でやっている。

その温度差が大き過ぎることに気づかされた。問屋といえば製品を卸すのが仕事なのに、販売することに否定的なのだ。「売れるもの」が欲しくて僕らと付き合うことを決めた筈なのに、これでは同行開拓する前に、美容ディーラー教育をしないと始まらない。

そんなレベルの美容ディーラーに幾つも出合った。
何十社もの美容ディーラーと話をしたけど、ヤル気をもって仕事していたのは3社くらいだった。ちゃんと取引先に意見が言える会社は、注文品の配達屋じゃなくて、役に立とうとしていた。
その内の1社は僕らの 営業所兼住居 の傍に会社があったので、一度、一緒に鍋パーティーをしたこともある。夜中近くまで飲んで騒いだので苦情が来たっけ。

<YES MAN>で思い出したけど、出稼ぎメンバーの女性社員が僕と九州で一緒に仕事をして『感動した!』と言っていた。ミーティング中に「それは出来ない」と僕が否定したことに驚いたのだと言っていた。特に九州の責任者をしていた次長の意見に<NO!>を言う場面など見たことが無かったそうだ。
否定発言に感動されるというのも妙な話だが。。。

以前も触れたけど僕らの会社はマイナス発言にひどく敏感だった。冷静な判断や客観的な観方であってもマイナス方向の意見を排除しようとする社風だった。
僕は元々、素直な性格でもないし、3年近くの営業所配属で<放し飼い>だったから、自分で納得できなければ反論もした。

彼女はマイナスを一切許さない本社でずっと過ごしていたので、それがちょっとした驚きだったらしい。

自分が貰うべき給料すら渡されず、出稼ぎプロジェクトも期待したような結果には遠く、ふと、自分の非力さを突きつけられるような日々の中で彼女の存在は大きかった。有り難かった。彼女へ手渡せるものが未だあるって、自分に期待できた。

91年11月に始まった九州での出稼ぎも縮小することが決まった。翌92年のゴールデンウィーク前、男性社員二人を残して、僕らは東京に戻ることになった。

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Tiger&Horse ・・・ ?

九州の生活が始まる前まで、僕は営業所の所長をしていた。六畳間をシェアしてた同僚も本社営業部のひとつの係を束ねていた。同僚の彼に比べて、3年間、営業所にいた僕は言わば「放し飼い」状態な訳で、かなり自由に仕事していたと思う。

九州出稼ぎ部隊の責任者は僕の1年先輩だった。彼は出世頭で営業部の次長をしていたが、それ迄、彼と仕事したことはなかった。
社内でも人気がある人だったが、正直なところ、僕は彼の何処がそんなに人気があるのかわからなかった。魅力がわからなかった。

一緒に仕事をするようになって気づいたのは、仕事はバリバリがんがんやる人だが、意外とヌケてる、ってこと。ちょっとした忘れ物なんかも多くて、<いじり甲斐がある>タイプだと気づいた。

ある時、出かける彼に向かって「次長、○○○と×××、持ちましたか?」と声を掛けた。
すると、彼は「わかってるよ!子供じゃないんだから!」と珍しく声を荒げた。

多分。。。というか、僕のことだからカラカイ半分で声を掛けたんだと思う。
だけど、まさか怒らせるとは思ってもいなくて、互いに笑って、ちょっと場が和むかな?くらいの予定だった。

実は、この経験がその後もズ──────────────っと彼に対して心を許せない僕を作った気がしてならない。

そして、
どうも解り合える気がしない。苦手だ。対等でなく、彼を立ててあげなければイケナイ。距離をおきたい。
そんな風に彼を捉えるようになった。

何故か、今も彼と一緒に仕事をしている。あれから17年の時が過ぎた。
この数ヶ月、ようやく僕の彼への抵抗感が少しずつ溶け出してきたと思える。

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車を買う・・・?!

会社の資金繰りのために九州に居を構えて2ヶ月
その間も当然のように給料は遅れていて、まるで小遣いをねだる子供のように、経理に電話をしては「取り敢えず生活費と、営業先に向かう高速代で○万円下さい」と申告する生活を送っていた。

冬期休暇前日に東京へ戻った僕達は「車を買う。 ということにしてくれ」と言われた。
からくりはこうだ。

カーディーラーに行って、車の見積もりをもらう。⇒それを元に信販会社から車購入の借り入れをする。⇒その金を(車を買わずにcoldsweats01)会社の資金として使う。

わはははは。よく考えるよね~。笑い事じゃないけど。

毎月の分割支払い額はもちろん、会社が出すという訳・・・だが、給料すら遅れている会社が、きちんと支払いできるかsign02というと確証なんてどこにもない。
それでも結局、クレジットが通らなかった何人かを除いて、殆どの社員がこの方法で金を融通した。

借金するための方便(嘘)でしかない「車の購入」なんだけれど、カーディーラーに行って見積書を貰うだけの車でも「僕はトヨタ車がいい」とか「俺はやっぱりHONDAだな」とか考えちゃうんだよね。おまけにちょっとワクワクしたりして。バカだよね~。

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取引業者も選ぼう!

それはもう色々な人が会社には出入りする。取引業者の人もさまざまだ。
化粧品容器メーカー、原料メーカー、箱屋さん、印刷屋さん、銀行、OA機器業者、コーヒーサービス、ガス・電気・水道、宅配便、たくさんの業者がやって来る。

そして、その「在り方」もそれぞれだ。
元気な人、ぼそぼそ喋る人、明るい人、ぼーっとした人、嬉しそうな人、寂しげな人、強い眼差しの人、誰にも目線を合わせない人・・・などなど。

今の会社を立ち上げて15年目になる。数は多くないが新卒採用もしてきた。中途採用の場合と違って、新卒の際にはそれなりに社会人の基本マナーを教える。挨拶の仕方ひとつにしても、そこにはその会社の考え方が反映されるものだ。
・・・ところが、取引業者の中には、挨拶がいい加減な人もいる。はっきり聞き取れないような挨拶とかね。悪い見本もいいとこだ。
「あんな程度の挨拶でも構わないんだな」なんて、新人が勘違いしそうな訪問の仕方をする。これはとても恥ずかしい。そして、迷惑だ。

自分が訪問する、と考えた時に、もっと想像力を働かせたい。
教育中の新人がいるかも知れない。大切なお客様がいらしてるかも知れない。急用で忙しいかも知れない。トラブルの渦中にあるかも知れない。
ちょっと思い巡らすだけで、訪問の仕方、挨拶だって変わってくる筈だ。

がっかりするような取引業者に出会うと、自分達のレベルも未だまだナメられる程度なんだな、と思う。自省はするが、相手を大切な関係を築くべき対象だとも思わない。
「私の仕事は、基本的なことを疎かにします」と表現しているんだから。

取引業者もしっかり選ばなくちゃ!!と思うんだ。

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