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2008年8月

最初の決断

1991年、新卒で入った会社の5年目の春。そして、新人が入ってくることもあり、人事異動が行なわれた。僕は営業所の所長になった。前任の所長は本社営業部に戻った。
言ってしまえば、前年は僕らの営業所の「独り勝ち」状態だったが、もちろん新しい一年は全社的な伸びが必要だ。前所長もテコ入れをして本社営業部を立て直さなければいけない。そこで前所長のことを分かっていて、一緒に頑張ってくれる営業社員を連れて行きたいという話が持ちかけられた。

営業所営業部の営業マンは当時4人。新人賞を獲得したAと、そのライバルのような存在のB、職人のようなC、細かいことを積み重ねるDだ。

新人賞を獲得したAは基本的にはほったらかしておいても良いタイプ。「やる!」というモチベーションも高く、失敗しても後を引かない。

Bは、実績こそAには及ばなかったがモチベーションは安定しているタイプ。他の社員を触発したりする影響力はAよりも大きく、明るい。

Cは真面目なコツコツタイプ。言葉も少なく、その見て分かるような実直さで仕事を進めるが、否定的な考え方に陥りやすい所がある。キッチリと行なうことに価値を置く反面、既成概念にとらわれると、もう一歩踏み込むことに躊躇うタイプ。

Dは素直にやってみるタイプ。独特の工夫をして仕事を進める。一方で、不安を覚えたりして心が揺れることが多い。

Aは大らかな反面、ちょっとヌケてる性格、Bはイケイケ!ドンドン♪だから、二人とも必要に応じて、相手先の状況や商談内容、フォローの取り方に目を配ってやれば良い。
ちょっと気が緩みそうならガツンimpactとキツイことを言っても、却って燃えるし、こちらの挑発に乗って結果を出せる。

それに比べるとCとDは、もっと目配りと配慮が必要になる。ガーッと突っ走っていくA・Bとの差異に意気が落ちたり、諦めを覚えたり、場合によっては「この仕事を続けてて良いのか」と退職の考えがよぎることもある。
実務的なところだけでなく、心の状態にも目を配る必要がある。事実に即して誉め、取った行動を叱り、時に焚きつけたり、なだめすかしたり、だ。
でも、決してひねくれてる訳じゃないし、むしろ素直な方だ。あれこれ考えてしまうのも普通だろう。

さて、誰を本社に行かせたら良い?
誰が本社に行くのが、本社、営業所にとって、そして、本人たちにとって良い?

営業所にとってみればAとBは稼ぎ頭だ。オマケにどちらも手がかからない。新しい一年の売上数字を考えると二人とも営業所に欲しい。

だが二人と、CかDの一人を残すと考えるとバランスが悪い。
脇目をふらずに実績を出す二人に囲まれて、C・Dのどちらかが引け目を感じそうだ。
組織としてのまとまりに欠ける気がする。

前年度の新人賞を獲得したAを本社に渡すことを僕は決めた。
Aは周りに左右されにくい。新しい場所で力を発揮するならBよりもAだろう。前所長も傍にいる。本社営業部に新しい空気を持ち込めるかも知れない。

新人も配属になり、新しい体制での一年が始まった。
時は1991年。後に「バブルがはじけた」と言われる年だ。

いよいよ・・・である。

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トラブルが変える

困難が人を成長させる、とよく言われる。
やり慣れていること、以前にも経験したことが繰り返されるなら、いつもの自分で「こなす」事ができる。

どうしよう? どうしたら良いんだろう? 何が出来るだろう?・・・と、自分にとって未知の出来事や、従来のやり方では乗り越えられないことに直面すると、既に出来上がっている自分の枠組みから抜け出て、新しいチャレンジをする必要に迫られる。

今週、昨年入社の女性社員Mにそんな局面が訪れた。お客さんから少々無理な要求を突き付けられたのだ。

彼女の中では、
お客さんが望むことだし・・・断ったら機嫌を損ねそうだし・・・取引も少なくないお客さんだし・・・取引に影響が出たら嫌だし・・・きっと怒り出すし・・・怒られるのはキツイし・・・
と、あれこれと考えてしまったらしい。

商取引はこちらもあちらも対等にある。フィフティ・フィフティだ。互いに尊重し、信頼できる関係が築けてこそ、長く良いお付き合いもできるのだ。

しかし、勘違いしている人も多い。
自分は客だからと、横柄になったり、無理を言っても構わないと思っている人もいる。
そして、商品を提供する側にも勘違いしている人が多い。
「お金を頂くのだから」、「お客様は神様だから」と、提供している何らかのサービスの価値をおとしめて、何にでも応えようと考えてしまう。

難しいことや、ちょっと特別なことでも対応すべき要望は、確かにある。
でも、断らなければならない要求もある。他のお客さんのためにも跳ね除けなきゃいけない無茶な要求もあるのだ。

消費者として何かを購入する時に店やメーカーを選ぶように、サービスを提供する側に回った時もお客さんを選べる、選ぶべき、なのを忘れてしまう。
世の中、『お互いさま』で成り立っているのだ。

と、言うようなことは彼女も何となく分かっている。頭の中では「何か変だぞ?」と思っている。ただ、それが上手く言葉にして伝えられない。人に優しいタイプだから、求められたことを断るのもツライ。自分は「これは道理だ」と納得したが、同じレベルでは納得してくれない人がいることへの驚きもある。そして・・・やっぱり「もう取引しない!」なんて怒られるのも嫌だし困る。

「怒られても、それで取引がなくなっても良いよ。
ちゃんと話をして、言うべき事を言って、それでも理解してくれないなら仕方がない。
まぁ、怒られたら気分は良くないし、嫌だと思うけど。でもそれで会社にクレームが入ったり何かあったとしてもフォローするし、誰も君を責めないよ。」

そんな話をしたら、「断られてもいい。と思ったら少し気が楽になって、話をする勇気が出てきた」と言って、そのお客さんに電話をした。

失敗してはいけない。
上手くやらなきゃダメ。
怒らせてはいけない。
現状を守らなければならない。

こんな風に考えると、人はどんどん萎縮していく。観念的になるし、発想も行動も益々小さくなっていく。

失敗しても良い。上手くいかないかも知れない。怒られるかも知れない。
でも、やれることを精一杯やってみる。

そんな、少しでも結果に囚われない気持ちでいられれば、人は伸びやかに動ける。

これからの彼女がまた楽しみです。

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なんでなんだ?!の工夫

北京オリンピックが開催されています。北島康介が2種目で金メダルを獲得しました。これでまた、SPEEDO社の水着「レーザーレーサー(LZR RACER)」が益々売れるんだろうと思います。現在でもかなり売れているそうですしね。
先日、ニュースを見ていたら高校生の水泳部の生徒がレーザーレーサーを着て、タイムが劇的に縮まったと話していました。一方で、「1着、1万円もするから購入をためらう」という生徒もいました。
で、それを見ていて思ったのです。保守的な意見かも知れませんが、これから益々技術を磨いて工夫を重ねる必要がある時期から最高のツールでタイムを上げてしまって良いのか?と考えたのです。

ちょっと僕自身の想像も入っているのですが、例えば北島は前回のアテネオリンピックで金メダルを獲得してからの4年間、他の海外の強豪選手たちがどんどん記録を出して、タイムを縮めているのを見て、「どうしたらあのタイムを越える泳ぎが出来るのか?」を真剣に考えて取り組んできたと思うのです。

水泳素人の僕にはわかりませんが、腕のストローク、足の蹴り、ターンの仕方など一から見つめ直して、「コンマ零○秒」早くする為に努力を重ねてきたと思うのです。
「どうしたらもっと自分は早く泳げるか」に焦点を当ててきた筈です。

他の選手が「レーザーレーサー」という武器を使ってタイムを稼いでいる時に、それを持たない北島は「泳ぐのは人間だ」と、環境や道具でなく、自分の技術を磨いて突破しようとしていた。外でなく、内に求めた。

その工夫と努力を重ねてきたからこそ、所属するミズノの水着からレーザーレーサーに変更した時に大きくタイムを伸ばすことが出来たし、オリンピックの大舞台でも他者を圧倒する結果を出せたのではないか?と思うのです。

加圧トレーニングや高地練習などは顕著な例だと思うけど、筋力だけじゃなく、何でも「伸びる時」、「力がつく時」というのは少なからず負荷が掛かっています。
自分より上のレベルの者、ライバルの存在、成し遂げたい目標、立ち塞がる壁、どれも大きな意味では『自分への負荷』と言えるでしょう。

そして、そこに正対する時、失敗して傷ついたり、絶望しそうな事も起るかもしれない。それでも試行錯誤を繰り返して、目に見えない僅かなプラスを積み上げて人は成長する。

まぁ、あのニュースに出てきた高校生は大学や社会人になってまで選手を続ける気はないのでしょうから、高校の大会などでより良いタイムが残せれば、それで良いのかも知れません。でも、もしも、自分の「底力」を向上させたいと思うなら、その大事な機会を自ら奪ったと思えるのです。
今は高額なツールを手にできない周りのライバルが、いつかそれを手にした時に「地力」の違いは大きくなっているから。

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バブル景気を知ってますか?

「バブル景気」を知っていますか?
1986年後半から1991年辺りまでをそう呼ぶそうです。当時は「バブル」なんて言葉は当然無くて、後になって<はじけた>からこそ、その異常な好景気が「バブル」と名付けられた訳です。

僕が初めて新卒で会社に入ったのは1987年でした。バブルが始まって最初の新人ってことになります。
僕の小学校時代の知人女性は入社後、最初の夏のボーナスで50万貰ったそうです。誰でも知ってる大手広告代理店でしたから特別だとは思いますが、4月に入社して研修期間を過ごしている程度の3、4ヶ月でもらえる額ではないですよね。

もちろん(?)、僕の入社した会社はそんな事はなかったですcoldsweats01
それどころか、88年には(前にも書いたとおり)売上の足りない分を社員が補填する事も起きかねない状態でした。
入社4年目の90年、僕らの営業所は好調だったけれど係長以上の給料が遅れることも起き始めていた。ボーナスも出ないような始末だった。
だから、「バブルの頃の生活は凄かった」みたいなドラマや話を聞いても全然ピンと来ない。自分が社会人としてその時代にいた実感がまるで無い。

そんな会社でも時代に踊らされていて、社員寮と顧客向け研修センター予定地として土地を買ったりしていた。
或る日、社長の車がポルシェに変わってたり、フェラーリに乗り換えていたりした。
他に僕があの頃を思い出して、「バブルだったんだなぁ」と思うのは・・・、30,000円の美容液が飛ぶように売れていたことだろうか。
その位しか思い浮かべることができない。

今になってみると、せっかくあの時代に生きてたんだから、少しは『バブル』ってのを体験してみたかったって思うことがある。

あなたはバブル景気を知ってますか?

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社長賞をもらう

新卒で入った会社の4年目は僕にとっては「収穫」の時だったんだと思う。
営業所内の空気も明るく、ちょっとしたスポーツのゲームみたいに仕事を楽しめていた。緊張感と遊びが上手く混ざり合った感じだったな。
ま、確かにちょっと熱い体育会系のノリではあったけどね。

その年の新入社員が、夏だか秋の新人宿泊研修から帰ってきた時、そこで彼らが決めてきた目標があった。僕にその年の『社長賞』を獲らせるということだった。

嬉しかった。彼らが僕を担ぎ上げようとしてくれる想いはとても嬉しかった。
でも、それだけじゃない。僕が『社長賞』を獲得するってことは、彼ら全員が大きな成果を上げるってことを意味する。みんながヤル気だってのが何よりとても嬉しかった。

・・・なぁんて言うと綺麗事っぽく聞こえそうだけど、でもね、人のヤル気を馬鹿にしたり、どよ~んとした暗い雰囲気を経験してたから、本当にそう思えた。
やっぱり自分の身の回りの人達が楽しそうだったり、明るく笑ってたりするのって嬉しいし、幸せなんだよね。

僕自身も『社長賞』を獲る気持ち満々だった。ちょっと珍しいくらいに。
そして、みんなのお陰でその年の最後の打ち上げの席で、僕は『社長賞』を貰った。
舞台に上がって受賞の挨拶をしている時、営業所のみんなが笑顔で喜んでくれた光景を今も憶えている。

人はきっと、誰も一人では何かを起こせないんだよね。
あの頃、僕は彼らに自分自身をぶつけていた。僕なりに頑張った。それが彼らの力になった筈だという自負もある。
でも、あの年のひとつひとつ、どれもこれもが、あの時、あの場所を共にした一人ひとりの化学反応というか、、、あの時、あのメンバーだからこそ起ったことなんだよね。

あんな風に誰かの役に立ったり、元気付けられたり出来る僕になりたいと思う。そういう自分でありたいと思う。自分ひとりで実現できることじゃないとしてもね。

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共感とスケールダウン

10数年前、営業中の車中でラジオを聞いていた。パーソナリティを当時40歳前後の有名俳優が担当していて、その日は元オリンピックのメダリストがゲストだった。
当然、その対談はメダリストのオリンピックに臨んだ時の話になった。日本の期待を一身に背負って試合に入る時の極限ともいえる緊張状態を語っていた。聞いているこちらまで、そのプレッシャーが伝わってくるようだった。

『それ、わかりますよ。俺も舞台の初日を迎える日はもの凄く緊張するんですよ。』

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僕は車の中から毒づきそうになりました。『随分、傲慢なこと言うじゃん!』って思いました。演目は違うにしても、毎年やってる舞台の初日とオリンピックが同じか?!

「レベルは全然違うんだけど、僕はこんな場面でも凄く緊張するんですよ。ましてオリンピックともなれば・・・」って話なら解りますよ。
同一レベルの話として、さも共感しているように話す俳優の神経に愕然としました。

まったく同じ経験は誰も持ち合わせていないから、自分の似たような経験に照らし合わせて、そこで少しでも相手の話を理解しようとする。
それ自体は『共感を覚える』基本かもしれない。

でも、それって『手がかり』以上のものじゃない。

たとえそれが酷似した経験だとしても、そこで感じたもの、考えたこと、心を震わせたことが大きく違っている事だってある。
そんなことにも思い至らずに、解ったような顔をするなんて不遜に過ぎる。思い上がりも甚だしい。

自分の中に、たとえスケールは違っても、細かい状況は違っても、似たような経験、似たような感覚を見つけて、それを共感の「種火」として灯す。
と、同時に自分の器を空っぽにして、相手の話を新鮮な驚きをもって杯に受ける。

矛盾するようだけど、この相反するような状態で耳を傾けてこそ『共感』に近づくんじゃないかな。

人の経験を自分の経験に引き寄せたり、スケールダウンさせて聞くなんて『偽善』だと思う。話し手がデリケートな人なら、話すほどに、相手が頷くほどに「解ってもらってない」と感じるだろう。

とは言え、相手がオリンピックでメダルを獲得した時の話なら、こちらも「レベルが違う」と思って受け止めやすい。
日常に隠れている、ちょっとした喜びや感動、痛みや失望を覚えた話を聞く時こそ危ういんだ。
「お客さんにこんな風に感謝された」とか「喜んでもらえた」、「一生懸命やったのに思ってた結果に結びつかなかった」。
そんな時に「はいはい、わかりますよ」と、なりがちだ。

簡単に見えるほどに難しい「そのままに受け止める」こと。
いつも出来るように心がけていたいな。

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