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2008年5月

ありがとう

誰かから「ありがとう」って言われたってことは、「感謝」されたってことだ。

「ありがとう」って言われる数が多いほど、人は幸せなんだって思ってた。

自分から「ありがとう」って言うのは、誰かに世話をかけたんだって思ってた。

だから、「ありがとう」を言うよりも、「ありがとう」と言われる人になりたいと思ってた。

誰かに「ありがとう」って言うのは、「あり難い」ことをしてもらったってことだ。

「あり難い」ってのは「滅多に無い」、「僥倖」ってことだ。

そうそうあることじゃない何かをいただく。  だから「ありがとう」だ。

誰もが自分に無関心だったら?  「ありがとう」を言葉にできない。

周りの人から「ありがとう」をいただく

周りの人に「ありがとう」で感謝をおくる

たくさんの「ありがとう」に囲まれ

たくさんの「ありがとう」でつつむ

そんな風に「ありがとう」が身近にあればあるほど、きっと人は幸せなんだよね。

ありがとうhappy01

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頑張れたのは

新卒で入った会社のつづき。

営業適正のない僕がある時、頑張ってトップを取ったことがあります!と「他社の3年・・・」のところで書きました。
僕のいたチームは新卒が僕を含め3人、中途入社の男性が一人、その4人をまとめる主任が一人でした。10月に中途入社の先輩が退職し、12月には主任が退職しました。新人3人だけのチームになりました。新卒営業二人と女性インストラクター一人のチームでした。

その1月をどんな成績で終えたのか今となっては覚えてませんが、2月を迎えるにあたって「2月は自分達が営業部でトップを取ろう!!」という事になりました。

営業部では毎月、営業マン個人の「売り上げトップ賞」「回収(集金)トップ賞」、そしてチームに与えられる「チーム賞」がありました。この「チーム賞」を獲ろうって訳です。

他のチームは先輩社員はもちろん、主任もいる。

2月はいつもの月よりも営業日数が少ない。

社員旅行も行なわれるので、輪をかけて実働日数が少ない。

マイナス要素は探せばあるけれど、チームとしては逆に熱くなったんだと思う。

しかし、「チーム賞」獲得のための一番のマイナス要因は言うまでもなく僕自身にあった。
以前も書いたように、僕は競争心とか闘争心が少なく、ちょっと冷めてるところがあった。また、「先入観」の強いタイプだったので、行動を起こす前に出来る・出来ないを勝手に判断してしまう傾向が強かった。

取引先に<キャンペーン>と称していつもより多めに製品を仕入れてもらい、販促につなげる仕事も下手だった。「多分、この店は取り組まないな」と思いながら紹介する事が多かった。
だから、自信を持って提案できない。
ちょっとした「No」の言葉に「やっぱりね」と納得してしまう。
「結果を恐れず、言うべき事を言う」のだと頭で解ってても、行動が及ばない。
最終的に「Yes」か「No」を決めるのは相手なのだから、精一杯話をすれば良い、と頭では解っていても、それが出来ない。

もう一歩が踏み込めない。

それでも「チーム賞」獲得については、新人だけのチームで獲ることに面白さや遊び心みたいなものも感じてた。

月初に社員旅行があり、ちょっと社内も旅行気分が抜けない感じだったけど、僕らのチームは結構良いスタートを切っていた。チームの僕以外の二人も良いペースで仕事をしていた。あとは、僕自身がやるっきゃない!!

結果は見事、2位に大差をつけて「チーム賞」を獲得しました。
3人それぞれが何らかの個人賞を得ることが出来た。

他の二人が頑張ってたので、獲得出来るかどうかは僕次第という状況。
それをつっかえ棒に普段踏み込めない所にも一歩を踏み出せたと思う。「僕のせいで逃したくない」という思いがあったからだと思う。

勇気を振り絞って取引先に提案した<キャンペーン>は今になってみれば、「お客さまのため」という視点のボケた浅薄なものだったようにも思う。
前回の『 For You > For Me 』で書いたような「誰かのために」というほどのレベルの話じゃない。

でも少なくとも自分だけの為なら やらなかった頑張りをみせたし、あきらめないでやり切ることができた一ヶ月だった。

「やる気」になること

自分以外の誰かも喜んでくれること

そして、ちょっとした遊び心。

そういったものがパワーになるんだな。 と、実感できた一ヶ月だったな。

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For You > For Me

新卒で入った会社のつづき。

その会社は、随分社員教育にお金と時間をかけてたなぁ~と今になると思います。年に2回くらいは2泊3日の宿泊研修があったと記憶してます。新卒の入社前にも1回ありました。

この宿泊研修の名物(?)が「正座」でした。

社長の一声で突然それは始まります。宿泊施設の研修用の部屋や大広間みたいなところで大きな輪になって始まります。

まず、正座をどのくらいの時間、続けるかは教えられません。多分、社長自身も時間を決めてなかったのだと思います。とにかく社長が「おわり」と言うまで続けられます。
もしも「おわり」の言葉がある前に、途中で止める人がいたら、再度、初めから全員でやり直しをする。というのがルールです。

僕はお世辞にもスリムなタイプじゃないし、足も太いです。始めて10分もすればシビレてきます。でも数十分もすれば、スリムな女性だって当然、シビレがきます。

1時間もすると、じっとしていられない痛みです。
足や膝下は触っても、つねっても、まるで分厚いウレタンでも巻いたみたいに触られている感覚がなくなってます。自分の足が干からびたお供え餅にでもなったような感じです。

お腹の痛みが感じられたり、便意を催すこともあります。

ランニングハイみたいに、ふっと痛みが消えて楽になる時間もあります。

ちょっと面白い駄洒落を思いついて、みんなに言ったことがあります。
笑うと身体が震えて、よりシビレが増します。みんなから「笑わせるな~」と笑って怒られたことがあります。
竹中直人じゃなくても、笑いながら怒れるんだな~あの状況だと。

入社前研修の時、1時間半くらい経った頃、M君が突然なんの前触れもなく「ごめんなさぁいsign01」と言って崩れ落ちました。

みんな驚き!です。

社長が冷たく「やめ!」といって一旦終了です。

だれも満足に立てません。
つま先が伸びたまま立とうとするので、バタバタと転びます。
社長だけが「ほら!立て!」「座るな!」と一人、正座からすっくと立ち上がって歩いています。

少しの休憩が終わって、再開です。10分程度の時間ではシビレもとれず、足をビリビリいわせたまま始まります。

「吐きそうです」と言い出す奴もいます。泣いてる人もいます。
3月のまだまだ寒い時期に汗がダラダラと流れます。

いてもたってもいられず、タオルを雑巾のようにギリギリと絞っていたらビリッと破れてしまいました。新品だったのにね。

結局、その後も2時間くらいやったんじゃないかな。
M君が、またしても崩れそうになるんだけど、周りから「やめるなー」とか「頑張れ」とか怒号のような励ましが送られます。「ふざけるなー」とかってのも混じってたなcoldsweats01

社長から「やめ!」の声がかかった時は、やっと終わったー!と心底ホッとしたな。
さっきと同様に「座るな!立て!」と言われて、ボロボロ転びながら、壁に寄りかかりながらグラグラと何とか立とうとした。

確かに座り込んでしまうとシビレはいつまでも消えないんだよね。出来損ないのバレリーナみたいに妙なつま先立ちでも何でも、立ち上がると血がグワーッと流れて、一時は物凄いシビレが来るんだけど、早い内に復活する。
痛みやシビレが非道い時ほど、立とうとするのが大事なんだな。

「誰だって、一人だけで正座したらこんな長時間できやしない。痛くなったら止めるだろう。自分だけの為じゃなく、他人のために!と思って、やる時に火事場の馬鹿力、潜在能力が発揮されるんだ」

「自分(社長)だって、シビレ無い訳じゃない。
でも社長の自分が痛がったり、途中で止めたら、社員はどう思う?
みんなに『立て』と言って、自分が立てなかったらどう思う?

自分だけの為なら僕にも出来ない。でも誰かの為に!と思うから、痛くなっても顔に出さずにいられるし、終わってから立って歩くことも出来る」

と、まぁ、そんな風に僕らは「 For Youの精神 」ってのを叩き込まれたのですわ。
でも綺麗事抜きで、人は本当に自分だけのためには頑張り切れないよね。自分だけのためでは本当に良いものを作り出せないよね。自分だけのためじゃ、その先に行けないし、行かないんだろうな。

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冬眠の終わり・・・お目覚め~

5月23日夜、彼らを久しぶりに冬眠から目覚めさせた。

冬の間、冷蔵庫の中で冬眠させておいた僕の大切な「 ぬか床 」のことです。

彼らヌカミソは「菌」の集団です。なんでもサイコロ程度の大きさに数億の菌があるそうです。

数年前から育て始めました。これが中々楽しいんです。

朝、出勤前に掻き回しついでにキュウリやナスを入れておきます。
夜、帰宅して掘り出す(?)と美味しい漬物に変身sign03しています。

note ポケットの中には ビスケットがひとつ note
note もう一つ叩けば  ビスケットがふたつ note 

って歌がありましたが、僕の中では、この歌に似た『魔法』を「ぬか床」に感じるんです。だって、入れておくだけで、美味しい発酵食品に変わっちゃうんですから。

一方で、「 ぬか床 」は、ほったらかしておくとカビが生えてきますcoldsweats02

で、「自分自身もそうだな~」なんて思うんです。

いつでも100%、120%の自分でいられるのがベストなんですが、怠ければ当然、自分の良さもカビてしまう。
仕事もそうですよね。調子が良いからと言って手抜きをすると、カビてきます。

自分も仕事も手をかけ目を配って、より良い状態でありたいものです。

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思わぬ副産物

今の職場に同い年の男性社員がいる。

僕の仕事は営業職を兼ねながらPR、営業管理、新規事業、オリジナル化粧品総合担当など、ま、何でも屋なんだけど、彼は小さな会社の中で数少ない「営業マン」だ。
その彼が今日、昨年入社の女性社員Mと時間を取って話をした。わざわざ彼が彼女と場を作って話をするなんて初めての事だと思う。

女性社員Mも営業インストラクターとして営業に出掛ける仕事をしている。
そこで、営業マンとしての彼なりに、何かを伝えようとアクションを起こしたらしい。

僕が毎朝、彼女と時間を作って話しているのを見ていて、自分も何かした方が良いと考えたんだと思う。元々、同僚や後輩を指導しようとするタイプではないので、ちょっと驚いた。

僕としては、彼女が彼女らしく成長していくsign03サポートをするのを目的に始めたことだ。
と、同時に、以前も書いたように今の会社には『スキル以外の教育体制に弱さがある』と思っているので、彼女の成長を周りの人間が見て、感じて、動き出すなら、それは嬉しい変化だ。悪くない兆候だと思う。

周りのみんなの考え方や行動が変わるなら、それは会社が変わるということだ。
そして、それが良い形で根付けば、新たな会社の文化(=社風)になっていくだろう。

ただ、あの二人、どっちも話が脱線しやすくて、そのまま話題が元に戻って来ないんだよなぁ~。

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名脇役

子供のころ「こいつとは、ずーっと一緒にいるんだろうな」なんて友人のことを思ったこと、ありませんか?

僕はあります。

未だ過ごした人生が短い子供のころだけじゃなく、高校生や大学生の時にも、社会に出てからも「彼とはずっと友人でいるだろうな」って思ったことがあります。

でも、寂しいことに、その殆どの人たちと今では音信不通になっています。

共有できる進行形の「何か」がないと連絡を取らないという、筆まめでも、電話をまめにするタイプでもないのも原因のひとつかも知れません。今では遠くなってしまった人たちが沢山います。

昨年辺りから、新たに沢山の人たちと知り合う機会に恵まれ、中には親しくさせてもらっている人たちもいます。この人とは長くお付き合いしたいな!っていう人たちがいます。

男女の仲が「好きheart01」なだけで続けるのが難しいように、多分、そこには継続する「努力」なり「決意」「決断」が必要なのかも知れません。

「不変」なものなど無いと、どこかで友人関係が長く続くことに「あきらめ」に似た観念や、臆する気持ちがあるのかも知れません。

・・・という、自分の中に「友情」に対してネガティブになっている部分が確かにあるのですが、『だからこそsign01』と思うところもあるのです。

ドラマや小説に限らず、誰かの人生でも、僕自身の人生でも必ず「名脇役」を担ってくれる人が登場します。

主役や準主役、レギュラーメンバーではないのだけれど、あるワンシーンに登場する人。

そこで、ふと主人公が何かに気づいたり
おかした過ちに思い至ったり
悲しみを捨て去って、笑顔を取り戻したり
思い立って、行動に移したり ・・・

そんな、絶妙のタイミングに、出会い、その人でなければ果たせない何らかの役割を演じ、去っていく人。

誰もが自分の人生の主人公であるように、他の人にとっては脇役なはず。

であるならば、ひとりでも多くの人にとって「名脇役」になれる自分でいたいと思う。
自分は脇役で良いということでなく、他者にとって、そう在りたいと思う。

レギュラー陣でなくとも、
たとえ、ある一瞬だけだとしても、
その人に「何か」を手渡せる脇役でありたいと思う。

・・・何か寂しい話に聞こえちゃったかなcoldsweats01

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プロジェクトM02

昨年入社の女性社員Mのその後の経過。

今日で彼女と朝のミニミーティングを持つようになってちょうど一ヶ月になる。
ま、「ミーティング」なんてカッコつけたもんじゃなくて、「また、ちょっと話そ!」とミーティングルームに入るだけ。

本当はわざわざ場所を移して話すのも気が進まないんだけど、机周辺だと電話を取らなきゃならないケースが出てくるので、これは仕方ないと諦めてる。

GWをはさんだとは言え、一ヶ月続けてきたので、彼女は大きく変わってきた!!・・・なんてことは勿論、ないhappy01

それでも、言われる前に、自分から進んで当日の目標やテーマを決めるようになってきた。ぱちぱちぱち!!!
※時々、とんちんかんだけど。。。

彼女の場合、「目的意識を持とうね」と目的を持つことの意味を語るよりも、先ずは目的を設定させて、翌日、結果を聞く方が良いみたいだ。「体験する」ことから入った方が理解しやすいのだろう。

まだまだ、これから。

彼女自身も、今よりも仕事のキツさ、厳しさを知る時が来るかも知れない。

その時に、朝のミニミーティングの場が、心偽ることなく自分を吐露できるスペースにしておきたい。

『最近、全然、仕事する気になれないんです』 とか

『正直なところ、他の仕事をしたいなって思ってる・・・』 とか

そんな時に、「こんな話をしたら怒られるかな?」とか「申し訳ないな。」なんて妙な気遣いの必要がない場所にしておきたい。

いや、もちろん、彼女がいつも明るく、楽しそうに働いてくれるのが一番だよ~、ほんと。

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他社の3年・・・

新卒で入った会社のつづき。

そこでは、入社してからの3ヶ月の試用期間(研修期間)が過ぎると「新人」「新入社員」という呼び方がなくなり、「準幹部社員」という呼び名に変わります。
先輩・上司からの呼び名が変わるということは、自分達も「新人」や「社会人一年生」でなく会社の将来を担う自覚を持って仕事をしなさい!ということです。

時はバブルの始まり頃ですから、今に比べると日本の会社はガンガン働くというよりも、dollarmoneybagザブザブ稼いでdollarmoneybag、ジャバジャバ消費するような時代に突入していたのだと思います。
いかに労せずして儲けるかという迷走の時代に突入し始めた時期です。

しかし、この会社は「努力と根性」の体育会系で、成長志向の強い社風ですから、好景気に沸いてる世間とは別世界です。

『会社の存続は誰も保証してくれるものではない。』

『10年で100の会社をつくるには、全社員が普通の人の何倍も仕事をしなければ出来ないことだ。』

『だから他の会社に入社した人間が3年で経験し学ぶところを、この会社では1年で得て、成長しなければならない。』

この「他社の3年分を、1年で経験し、成長する」って考え方がこれまた僕の中のプライドみたいなものに火を点けたんです。・・・少なくともスッカリその気になりました。
実際、僕らの前年に入社した新卒の中でも、高い実績を残した人は、既に「主任」になって部下を持っていました。

二年目にして肩書きが付くというのも単純に「カッコいいな」と思いましたが、それ以上に「他では得られない」とか「よそとは違う」という感覚が、僕の中の天邪鬼(あまのじゃく)を刺激したのです。

しかし、そんな言葉に半ば酔っていた僕ですが、生来の働き者でもなく、負けず嫌いでもなく、どちらかと言うと、争ったり競争したりするのを好むタイプでは無いのです。
「ま、結果はどうあれ、俺は俺」みたいな冷めた性格でもあります。
営業適正がない!と言われる筈です。狩猟民族のように次から次というより、農耕民族の典型ですね。

という訳で、同期入社の中には先輩を飛び越えて大きな実績を残すものもいましたが、僕は平均的な結果を残す程度で月日は流れて行きました。

しかし、そんな僕でもある時、とぉーっても頑張ってトップを取ったことがあります。
この話はまた次回にでも。

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言葉の力・・・聴覚タイプ?

新卒で入社した会社の社員は朝から午前様まで仕事してた話をしましたが、あれも社員教育のたまもの(?)だったと思います。
「おたくの会社は宗教でもやってるの?」というのも、お客様からよく言われた台詞ですが、「洗脳」に近いくらいのものだったかも知れません。

思えば、僕は子供の頃から、いわゆる格言みたいなものが好きで、歌を聴いてても歌詞の一節に惹かれるようなところがありました。
そのせいか、社員教育の中に出てくる言葉や言い回しで、結構その気になってた所があります。単純なんだな。

■営業マンは人格の発露によって、人格の再構成が出来る素晴しい仕事だ。
(「お金」の絡んだ本気同士だからこそ、相手も結果も率直な答えが出る。自分自身をぶつけて、足りないものがあれば、それを伸ばす。自己成長の機会が多い)

■道徳者でなく、人格者であれ
(どこから見ても正しい人であることは重要ではない。魅力ある人格者であれば良い)

■結果を恐れず、言うべき事を言う
(こんな事を言ったら怒られる?断られる?など結果を恐れずに、言うべき事、伝えるべき事をしっかり言う)

■仕事の意味は「自己の成長」、「貢献」、「喜びと生きがい」

■正しきに寄りて、滅ぶれば、滅びても良し
(正しい使命感を持って事に当たった結果、滅びるなら、それも良し。正しいことを全うするなら決して滅びはしない)

■「For Me」よりも「For You」
(自分の為だけではツライ状況下で弱い自分に負けてしまう。人のために本気で取り組んだ時、顕在能力だけでなく潜在能力が発揮される。それが自己成長に繋がる)

■力愛不二
(力と愛は別々のものではない、力も愛も、片方だけでは発揮できない)

元々、営業職にマイナスイメージを持っていたので、それを跳ね返すような言葉達には引き付けられました。

ただ、そうした言葉とは別に、僕の印象に残っている話があります。
当時、営業マンの教育は主に営業部長がしていました。この人がちょっと見たところ「やくざ屋さん」みたいな風貌をした、眉毛の薄い、ちょっとコワモテな外見でしたcoldsweats02。元々、某カーディーラーの営業でトップを張ってた人で、その人がこんな話をしてくれたことがある。

「俺は営業でお客さんに会うと、第一印象が良くない。でも、そんな時にこう言うんだ。『一年後、二年後にはきっと私と付き合って良かったと思って頂けます』と。」

その場限りでなく、長い付き合いの中でお客さんの役に立って、後になっても納得していただける自信があること、そして実際にそれを行動していくという『約束、宣言』です。

この話は僕の心には大きく響いて、「仮にその場で理解されなくても構わない。後になって振り返った時に気づいてもらえれば嬉しいけど、とにかく、自分も人の役に立って、喜んでもらえる人間になろう!」って思いました。

この想いは、あれから20年以上経った今でも僕の中にあります。仕事観として、人生観として、時にはモチベーションの柱として、今もあります。

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「人脈」と「つながり」

よく、「人脈が大事」なんてことが言われます。

まるで仕事においては極当たり前、常識であるかのように言われます。

これがどうも気にくわない。

確かにどんな仕事も「人」あってのものです。「人」不在では仕事も人生も意味の無いものになるでしょう。

でもね、「人脈が大事」と声高に言う人ほど、人脈が大事なんて思ってないんじゃないの?って感じることが多いです。

「自分の利になるか?」という観点で口にする人のなんと多いこと。相手にとって自分が役に立つという気構えもなく、『自分』が最優先みたいな人種によく見受けられます。

自分にとって利用価値が高そうだと踏めば、そんな集まりに顔を出して、売り込みに必死になる。
ちょっと名のある人と名刺交換しただけで、さも親しいかのように第三者に自慢し、吹聴する。自分自身がその高名な人物と同じレベルかのように背伸びをする。

彼らはあらかじめ「この人間は利用価値があるのか?」という視点で人を分類する。利用できないと思えばその場で終わるし、後で利用価値が出てくる(発見する)と擦り寄ってくる。
自分が利用価値で判断するなら、相手からも利用価値を基準に見られてしまう道理に気づかない。計算づくの付き合いじゃ「信頼が置けない」ことすら見えなくなっている。

「人脈」って、損得勘定とか利用価値とかを抜きにした、人として根本的な所で「人と人とのつながり」を大事にする、信用に値する人物だと思われて、初めて意味を持つのにね。

僕は信頼できる人とつながりたいし、仕事したいな。
少なくとも、誰かを利用することが前提の輩レベルには近づきたくないのです。

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「眠たい」話と「渦中」の話

前回は新卒入社した会社の働きっプリについて話しましたが、それにまつわる余談です。

当時、僕は23区の東端から西端まで通ってましたが、千葉や神奈川の奥から通っている社員も結構いました。みんな4~5時間の睡眠が取れたり取れなかったりでしたね。

だから居眠りが原因の交通事故も結構あったみたいです。

僕自身も入社2年目頃、首都高速で起こしたことがあります。

担当地域が東京の東端と、さらに東の千葉だったので、営業に出掛けるということは西から東に向かうと言うことです。会社から与えら得た営業車はもちろん国産の右ハンドルです。首都高はトロトロとした渋滞です。午前中の太陽はちょうど運転席にとても暖かく眩しい陽射しを送ってきます。眠くなります。うとうとしてしまいます。

「えっsign02」と気づいた時にはトロトロ運転で前のトラックにぶつかった後でした。

1トンくらいの小さな青いトラックです。荷台に大きな荷物や幌など無かったのでトラックの運転席からこちらが確認できます。運転手さんが「次にある非常帯に止まれ」と合図を送ってきました。

こちらも「ごめんなさい」と「了解」の合図を送りました。

なのに、それからも運転手さんと助手席の方が何度もこちらを振り返ります。僕が逃げないか確認してるのかと思いました。

非常帯に一緒に車を止めてみると僕の車には一切の傷がありませんでした。

どうやらトラックの荷台下に据えられた予備タイヤにぶつかったらしく、それがクッションの役割を果たして、双方の車両にまったく傷が残らなかったのです。

トラックの運転手さん達も「確かにぶつかった筈なのに、おたくの車のライトが割れたり、傷が見えないので変だなと思ってたんだ」と笑ってました。二人ともそれが不思議で何度も僕の車を振り返っていたそうです。

これは結果的に、笑って済んだ事故でしたが、大きな事故も結構ありました。運が良いのか、人命に関るようなことは無かったようですけど。

出勤時のラジオで渋滞情報が流れていて、その原因が同僚や後輩の起こした事故だったということも数回あります。

みんな居眠りが原因でしたね。

交通事故以外でもいろいろありました。

同期のJ君は例によって深夜過ぎに帰宅して、玄関先で靴紐をほどいていたら、お母さんから「何やってんの?」と声をかけられたというのです。

なんと彼は靴紐をほどこうとしてそのままの格好で朝まで眠っていたのです。そして彼のお母さんは朝sun、玄関にいる息子に「???」と声をかけたという訳です。

ある女性社員の話。

一時期、どうしても会社全体の目標達成のために文字通り朝までミーティングをしていたことがありました。同期の女性Yさんも眠る時間もなく、「眠気覚まし」の薬を連日服用して仕事してました。

ある時、彼女が僕に「別に悲しい訳でもないのに涙が止まらないのぉ~」と言って、本当に涙を流していました。身体も頭も睡眠を欲しがっているのに、薬で眠らずにいたので副作用があったみたいです。

先日、Yさんに「あの涙事件は忘れられない」と言ったら、ご本人は既に忘れていました。coldsweats01

旧い話ですが、ピンクレディーの二人がどちらも人気絶頂だった頃の記憶が殆ど無いと後日テレビで話していたのを思い出しました。余りの目まぐるしい忙しさのせいでしょうね。

ま、とにかく、そんな状態ですから、みんなも他の会社で働いている友人や家族から「お前は騙されてる!」とか「そんな会社はおかしい」と散々言われてました。

確かに笑い事じゃないんですが、渦中にいる時って、笑っちゃうんですよね。妙なハイテンションになったりもして。

渦中にあって、周りから何を言われてもグルグルくるくる動くことも大切だけど、悪くすると独りよがりだったりしてしまうこともあります。何事も両面がありますからね。

だから、今でも時々、自分が「渦中にいる」ために周りが見えてないかもsign02と確認すべきだなって感じます。

だって、渦中にいる時って、自分が渦に巻き込まれていることに気づけないんだもん。それがやっかいです。

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気が付いたら縁側で・・・

今回は新卒入社した会社のみんなの仕事っプリ?の話し。

その会社も勿論、求人情報とかには「夜中まで仕事します」なんて書いてある訳じゃぁない。たしか「労働時間:9時~6時」とかになってた筈。

で、実際はと言うと・・・

「9時の始業」ということは9時にはキッチリ仕事がスタート出来る状態、ということなんだけど、、、そもそもその会社では「 仕事 = 生産性があること 」と定義付けられていますから、9時の時点では分担されている掃除はもちろん、朝礼も済ませて、仕事開始の状態を差す訳です。

朝礼の開始が8時45分ですから、遅くとも8時半には掃除ができるように出社します。

試用期間の3ヶ月を過ぎた新人も含め、営業に携る社員はほぼ総て、車通勤をしていました。(会社の駐車場に全部の車が納まりきらないという事情もありましたが。)

車通勤は時間が読めないところもあり、当時、会社から遠い実家から通っていた僕の場合、ある程度の余裕を持っての出勤となると6時半前には出掛けてました。

9時には朝礼も終えて、会社を出て担当地域に向かいます。日によって新規の開拓だったり、既存の取引先を廻ります。

当時は携帯電話mobilephoneなど無い時代ですし、今は亡きポケベルも高価な頃でした。営業職の者は外出先から時間を決めて、公衆電話から中間報告を会社に入れます。昼前後に1回、午後に1回、夕方に1回、そして仕事終わりの最終報告で1回です。

この最終報告に当てられていた時間が確か9時だったと思います。

9時に電話を入れて、その日の売り上げや集金の報告をして、更に「10時過ぎには帰社します」という帰社予定時間を伝えます。

・・・そう、直行直帰は基本的にナシでした。

10時過ぎに帰社してから、その日の日報と共に結果報告を上司にします。1件、1件どんな商談をして、どんな結果になったか話します。その報告を元に上司からフィードバック(アドバイス)があります。そして、修正の必要があれば明日の動きを再度練り直します。

それが終わる頃には11時や12時です。朝と同じように1時間半から2時間かけて帰宅すると入浴して数時間眠るだけです。

あっという間に月日が流れるようでした。

このまま行くと、ふと気が付いたら老人になってて縁側で猫catでも抱いてるかも?と思ったものです。

こんな毎日をほぼ全社員が送っていました。男性も女性も関係なく。だって車通勤ですから、終電も関係ないですしねcoldsweats01

取引先の方からも半ば呆れられるように「おたくの社員さんはよく働くねぇ」と言われたものです。「よっぽどお給料が良いのね」と一言付け加えられながら・・・crying

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新卒で入った会社

そんなこんなで入社する事になった会社。社長は当時36歳で、会社を設立してから6年目に入ったところでした。

新卒採用を始めたのが前の年からで、僕ら20人の新人が入社して社員数も倍近くになるという小さな会社でした。たしか、全社員数が50数名位だったと思います。前年の新卒である一年先輩の社員も20名近く採用していたようですが、僕らが入社した時はその大半が退職していて、5,6名しか残っていませんでした。(オマケに女性は一人残らず辞めていました。ちょっと・・・いや、かなり寂しい気分でしたbearing。)だから、社員の半数以上は転職してきた中途採用の人達でした。

その会社には「10年で100の会社を作って、50階建ての自社ビルbuildingを建てる」という目標があり、100の会社を作るということは、100人の社長が育たなければ出来ないことです。そこで僕が就職情報誌で目に留めた「君も社長になってみないか?」というキャッチコピーにつながる訳です。その時点では一社だけ、広告企画を行なう会社が他にありました。

母体となる会社は基礎化粧品の卸販売をしていました。新入社員は全員、そこに配属され、担当地域が割り当てられ、そこにある取引先に化粧品を卸し販売します。新規取引先を開拓することは大きな仕事の柱でした。取引先がまだまだ少なかったのです。

そして「営業すること」はその為の経営を学ぶこと、というのが会社の考えでした。
「営業」は担当地域の取引先で自分の目標を達成する必要があります。担当地域の既存のお取引先と新たな開拓先とで月間の目標、ひいては年間の目標を達成するのが課せられた仕事です。
担当地域を「自分の会社」に喩え、取引先は「自社の営業マン」に喩えられました。そこで目標を達成し続けることが、イコール将来、自分が社長になった時に会社を存続できることなのだと教えられました。

主な取引先である「○○業界の地位向上に貢献する」というテーマ、「10年で100の会社~」という目標、その成長の為に行なう「営業」。
近年、リッツカールトンやP&Gなどの実績もあり「企業クレド」の関心が高くなっていますが、この会社でも毎日の仕事がすべてに直結していた点、良く出来ていた気がします。

事実、全社員みんな朝早くから遅~くまで働くはたらく。

この会社ではこの後、色んなことがあったけれど、あれほど社員のパワーを集めることが出来たのは凄いと思っています。

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心の中の一番静かなところ

『イラッ ! 』とすること、ありますか?僕は結構あります。

ま、年齢を重ねるごとに多少なりともこなれてきて、以前ほどイラッとすることは減りました。減りはしましたが、それでも時にイライラしたり、焦れることがあります。

何があっても、起こっても、決して揺れないところ。静かなところ。

そんな箇所が人の心の中にはある、と先日聞きました。

イラついて平静を失いそうな時、ふと我に返って、

自分の呼吸に意識を集めて、

心の中にある一番静かなところを見つめてみる。

なんとなく、胸の中に映画のスクリーンのような縁取りの中に

真っ暗な、深い世界のイメージが浮かぶ。

そこの奥深くに、小さな光が見えて、

そこに意識を集めると、その光の大きさ・強さが増すように感じられてきて

その頃には気持ちのザラつきがすーっと消えて、冷静さが戻っています。

でね、何故か、そのスクリーンのような縁取り(←流行の液晶大画面テレビみたいな感じです。)の傍に、小学生と中学生と20代中・後半頃の3人の僕がいるのcoldsweats01。そして、3人して落ち着いて静かにこっちを見ている。

冷静な3人の自分に見つめられて、僕自身が落ち着くのを助けられてる感じ。

そして、また、この小学生の僕が結構気を使ってくれる奴なんです。

ちょっと元気が欲しいなって時に、このスクリーンに気持ちを集めると、妙にはしゃいでみせてくれるんだ。

真ん中のスクリーンはいつも通り静かなんだけど、小学生の僕はその場で走らんばかりの足踏みをしていたり、左に右に駆け回っていたりする。

そんなイメージを見ると、落ち着きを取り戻しながらも、ちょっとした仕切り直しが出来て「またいっちょ頑張りましょ!」って気になる。

なんか判りづらい話だったかも知れません。

でも最近、この「心の一番静かなところ」のお陰で助かっています。

僕の心が自由であるのに役立ってます。

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黄金週間に「金」について考えた

「幸せは金で買えない」なんて言われるけど、とかく「金」と「精神的なもの」は並べて比較されることがよくあります。

僕はといえば「金がすべてじゃない」と考えるタイプです。・・・タイプでした。

僕が育った家は決して貧乏ではないまでも、資産や財産という類のものには縁の無い家庭でした。
特に裕福な家庭だとは思ってなかったけれど、子供心に世間的に見れば「中の上」くらいなのかなぁ~とは思ってました。

後になってみるとそれは、金銭の苦労を見せず、それを匂わせずにやりくりをしていた両親の親心以外の何ものでも無いということに気づかされます。
だからこそ、お金の有る無しでなく、どういう心持ちで毎日を送るかで幸せにも不幸にもなるのだと身をもって両親から教えられたと思っています。

会社に入り、その会社が倒産の日を迎えた時に、発表を聞いた僕らはそれぞれに色々な思いを抱いたと思うけど、それでも決して不幸のどん底にいた感覚はなかった。

これは思い出として綺麗なものに書き換えられた訳ではないと思っています。

倒産の後処理に出社していた多くの同僚達の表情。

いよいよ後処理も終わろうという頃に行なった飲み会での騒ぎ方、笑い方。

僕は、良い人たちに恵まれているのを感じたし、事実、幸せな気分ですらあった。

両親の在り方、初めて入社した会社の倒産、それらの出来事が僕の中で「金がすべてじゃない」と言う「信念」を強固なものにしていったと思うのです。

世の中には「お金」が沢山あっても不幸な人は幾らでもいる。
「お金」という結果を追いかけるのでなく、それを得る方法や、仕事に込めた想い、取り組み方、といったプロセスにこそ大切なものがある!!と考えていた。

その考えは今でも「信念」として僕の中にあるけれど、この数年を振り返ってみて「でも、それだけじゃない」ということに今更ながら思い至ったのです。

両親が子供に見せる笑顔の影で苦労や工夫を重ねたように、
会社の倒産で同僚達が多くのものを失って傷ついたように、

僕が「お金」に対する価値観を後回しにしていたことで、自分のお客さんにもちゃんと「お金」という結果を重要視するアプローチをせず、本来得るべきものを手にすることを伝えることが出来ず、そのチャンスを隠してしまったのではないか?

出会った人たちの幸せに貢献したいと言いながら、自分の狭い価値観を基にして、お客さんの創り出す仕事まで小っぽけな成果にしてしまったのではないか?

僕がもっと「お金」に執着・注目していれば、お客さんも目標や成果をより大きなものに出来たのではないか?
「金がすべてじゃない」と、充分な結果が出ない時の言い訳にしていたのではないか?

「金がすべてじゃない」のは間違いない。
だけど「お金」で得られるもの、広がる可能性があるのも大きな事実だ。

そこで「お金は自由を手にするチケット」であることを「信念」に書き加えることに決めた。

僕自身も、そして僕のお客さんにも、ただ良い仕事をするだけでなく、ちゃんと経済的に豊かになることを追求していくことに決めた。

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