子供の頃や学生の頃、勉強が好きでしたか?
僕は遊んでる方が好きでした。勉強が楽しいなって思った経験は少なかったと思います。
学校に行くから、まぁ、仕方なく勉強をしていたようなものです。
中には、好きな勉強もありました。
上手に出来るものや、達成感のあるようなものは好きでした。
例えば、体育の授業でも短距離走や飛び箱は好きでしたが、マラソンは嫌いでした。
算数は嫌いだったけど、「証明」の問題はクイズみたいで好きでした。
それでも、「勉強」というと、心躍るものではありませんでした。
今から10年くらい前に、英語と中国語にハマったことがあります。
当時は営業の仕事をしていて、一日中、車で移動してました。その間、ひたすら英語と中国語のラジオ講座を録音したテープを流し続けてた事があります。
その時に、自分から進んで行なう「勉強」というのは楽しいもんだな、と初めて気づきました。
「学習」が「楽習」になるんですね。
中国語では「勉強」と書くと、日本語の「無理強いする」という意味になります。
それまでの僕が経験した「勉強」は、正に自分に「強いて」いたのだな~と思ったものです。
いわゆる「学問」と呼ばれるものに限らず、何か自分にとって新しいものを「学ぶ」のは楽しいものですよね。
学ぶのは楽しい。
この<楽しい>という感覚が、実は曲者(くせもの)だなって思います。
たとえば、僕の場合、この2年弱、大きな括りで言うと「コミュニケーション」について、書籍や講座を通して、学んできました。
2年前に、「自分には未だ何かできるのか?」「これからどうしたいのか?」と考え(迷いを覚え?)ました。そして、それを明確にして、自分を信じて進みたいな!と思ったのが、学び始めたキッカケです。
僕にとっては、方向性や目標がハッキリして、自信を持ってスタートを切れれば、それで良い訳です。それが目的で始めたんだから。
ただ、「学ぶ」のは<楽しい>ので、本来の目的を超えて、学ぶこと自体が楽しくなったり、もっと学びたい!、その先を知りたい!、という欲求が出てきます。
(この欲求が、人間を進化・進歩させてきたのだと思いますが。)
そうなると、「学ぶ」ことにどんどん魅了されてきます。
スタートを切ることよりも、学び続けることに意欲が湧いて、当初の目的からすり替ってしまいそうになりました。
学ぶこと、そのものが目的の場合。
と、
何かの目的のために、学ぶ場合。
自分がどういうスタンスで向き合うのか?憶えておく方が良いと感じました。
もちろん、状況や環境が可能なら、勉強を続けながら、スタートを切っても構わないでしょうし、勉強をしていく中で、自分自身に化学反応が起こって、新たな目標や目的の軌道修正が必要になることもあるでしょう。
学習する、とか、習得するってことは、自分に変化を促しますからね。
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